目次
症例の概要
「出っ歯」だけでなく「歯の中心のずれ」も気になっていませんか
鏡を見たときに、前歯が出ていることに加えて、上下の前歯の中心がずれていることに気づいたことはありませんか。歯の中心のずれ(正中不一致)は見た目のバランスに影響するだけでなく、原因によっては奥歯のかみ合わせの左右差が関係していることもあります。本症例は23歳から治療を始め、抜歯とリンガルブラケット矯正によって、出っ歯・歯ぐきの見え方・歯列の中心のずれをまとめて整えることができました。
上顎前突(出っ歯)とガミースマイルとはどんな症状?
上顎前突とは、上顎の前歯やそれを支える骨が前方に突き出て、口元が突出して見える状態です。また、笑ったときに歯ぐきが目立って見える状態を「ガミースマイル」と呼びます。上顎の前歯が前方かつやや下向きに位置していると、スマイル時に歯ぐきの見える量が増えやすくなります。本症例のように、出っ歯とガミースマイルが合併しているケースでは、前歯を後方かつ上方に移動させることで、両方の改善を同時にねらうことができます。
患者さんの情報
| 年齢・性別 | 23歳・女性(動的治療開始時23歳8か月) |
| 主訴 | 前歯が出ているのが気になる |
| 診断名 | 正中の不一致、ハイアングルを伴う骨格性上顎前突症例 |
| 使用装置 | リンガルブラケット矯正装置(Clippy-L)、矯正用アンカースクリュー(INDUCE) |
| 抜歯 | 上顎左右第一小臼歯・下顎左側第三大臼歯(計3本)※このほか、上顎右側・下顎右側の親知らず(第三大臼歯)2本もあわせて抜歯 |
| 動的治療期間 | 2年9か月 |
| 保定期間 | 2年3か月(上顎はWrap around retainer〔取り外し式リテーナー〕、下顎はFixed type retainer〔固定式リテーナー〕を使用) |
初診時の状態
- 正貌は左右対称(symmetry)、横顔は口元が突出したconvexタイプ(凸型の横顔)。加えて、笑うと歯ぐきが目立つガミースマイルを認めた
- 大臼歯の噛み合わせは右側がAngle Class II(奥歯のかみ合わせがやや後退した状態)、左側がAngle Class I(前後的に理想とされる基準)と、左右差があった
- 上顎の歯列の中心(正中)に対して、下顎の歯列の中心が4.0mm右方に偏位していた
- 前歯の重なりはoverjet(出っ歯の度合い)+6.5mm、overbite(噛み合わせの深さ)+7.0mmと、いずれも大きい値を示した
- パノラマX線写真で、上顎右側側切歯に感染根管処置(神経の治療)の既往を認め、上顎右側・下顎左右に親知らずを認めた
- 精密検査の結果、ANB(上下のあごの前後的なずれを表す数値)が7.6°と大きく、下顎が後方に位置するskeletal Class IIを示した
- 垂直的にはFMA(下顎の開き具合を表す数値)が37.2°、Y-axis(顔の長さの伸びやすさを表す数値)が70.6°と、下顎の骨がやや開き気味なハイアングルの骨格を示した
- 歯の傾きは下顎前歯が唇側(外側)に傾斜し、上下顎前歯とも骨格的な前方位を示した
- 顎関節の形態・歯周組織に明らかな異常は認められなかった
なぜこの治療法を選んだか
上下顎の前歯が前方位であったことから、上顎前歯の後方移動のために上顎左右の第一小臼歯を抜歯し、矯正用アンカースクリューを固定源として前歯全体を一括で後方に移動させる「En-masse Retraction」を行うことで、出っ歯とガミースマイルの改善を図る方針としました。一方、下顎の正中が右に4.0mmずれていたのは、右側の奥歯のかみ合わせがII級、左側がI級であったことが原因と考えられました。当初は下顎左側の第二小臼歯の抜歯も検討しましたが、患者様がなるべく小臼歯を抜きたくないと希望されたことと、上顎左側の親知らずがすでに失われており下顎左側の親知らずには噛み合う相手の歯がなかったことから、下顎左側の親知らず(第三大臼歯)を抜歯し、その頬側の骨に矯正用アンカースクリューを植立して下顎左側の奥歯を後方(遠心)に移動させることで、正中のずれを一致させる方針としました。すべての症例がこの方法で治療できるわけではありません。
経過と結果
上顎左右の第一小臼歯・下顎左側の親知らずなどを抜歯後、上下顎にリンガルブラケット矯正装置を装着してレベリング(歯の高さや向きを揃える初期の調整)を行いました。レベリング後、上顎両側の奥歯付近と下顎左側の頬側の骨に、合計3本の矯正用アンカースクリューを植立しました。上顎はアンカースクリューを固定源にワイヤーを使ったスライディングメカニクス(ワイヤーに沿って歯を滑らせるように動かす方法)で前歯全体を後方に移動し、下顎はアンカースクリューを使って左側の奥歯を後方(遠心)に移動することで、正中のずれを改善しました。スペースが閉じた後は、上下顎とも仕上げのワイヤーで歯並びを微調整(ディテイリング)し、咬み合わせの安定を確認したうえで装置を撤去し、保定を開始しました。治療前後のセファロ分析(頭部X線規格写真分析)を比較すると、次のような変化が確認できます。
| 項目 | 初診時 | 動的治療終了時 | 保定2年3か月 |
|---|---|---|---|
| 上下のあごの前後的なずれ(ANB) | 7.6° | 7.2° | 7.3° |
| 下顎の開き具合(FMA) | 37.2° | 35.7° | 36.0° |
| 顔の長さの伸びやすさ(Y-axis) | 70.6° | 69.8° | 70.1° |
| 上顎前歯の傾き(U1-SN) | 99.7° | 95.4° | 93.5° |
| 下顎前歯の傾き(L1-MP) | 100.3°.0mm | 99.7° | 99.4° |
| 上下前歯のなす角(Interincisal angle) | 118.0°.5mm | 124.4° | 126.3° |
| 出っ歯の度合い(Overjet) | +6.5mm | +2.5mm | +2.5mm |
| 噛み合わせの深さ(Overbite) | +7.0mm | +3.0mm | +3.0mm |
上下顎前歯は大きく後方に移動し、Overjet・Overbiteともに改善して良好なアンテリアカップリング(前歯同士の適切なかみ合わせ)が得られました。軟組織の変化としては、側貌がconvex type(凸型)からstraight type(直線的なプロファイル)へと変化し、上顎前歯が後上方に移動したことでガミースマイルの改善も認められました。下顎の正中のずれについても、下顎左側の奥歯を計画的に後方移動させたことで大きく改善し、通常であれば小臼歯抜歯が検討される症例でしたが、抜歯本数を最小限に抑えながら1歯対2歯の緊密な咬合関係を確立することができました。保定期間2年3か月が経過した時点でも、数値はほぼ変わらず安定した咬み合わせを維持しています。
院長より
「前歯が出ているのが気になる」というご希望で来院された患者様でした。精密検査の結果、骨格性の上顎前突に加えて、下顎の歯列の中心が右に4.0mmずれていること、笑ったときに歯ぐきが目立つガミースマイルを伴っていることが分かりました。下顎の正中のずれについては、通常であれば下顎の小臼歯を抜歯して対応することも多いのですが、患者様がなるべく歯を残したいと希望されたため、抜歯部位や奥歯の移動方向を工夫し、親知らずのスペースを活用することで、抜歯本数を抑えながら正中の改善を図りました。出っ歯・ガミースマイル・正中のずれという複数の課題を同時に解決できたことは、丁寧な診断と力のコントロールの積み重ねによるものだと感じています。
よくある質問
Q. 治療期間と費用は?
A. 本症例は動的治療期間2年9か月、費用は総額134万5,000円(税別・自費診療)です。内訳は装置料105万円(フルリンガル)、調節料18万円(30回)、アンカースクリュー6万円(3本)、保定装置料5万5,000円です。
Q. 抜歯は必要ですか?
A. 本症例では上顎左右の第一小臼歯と下顎左側の親知らず(第三大臼歯)、計3本の抜歯を行いました(このほか、上顎右側・下顎右側に生えていた親知らず2本もあわせて抜歯しています)。すべての方に抜歯が必要というわけではなく、骨格や歯並びの状態、模型分析の結果によって異なります。
Q. 歯の中心のずれ(正中不一致)はどうやって治すのですか?
A. 原因によって対応方法は異なりますが、本症例では奥歯のかみ合わせの左右差が正中のずれの原因と考えられたため、下顎左側の奥歯をアンカースクリューで計画的に後方移動させることで、上下の歯列の中心を近づけました。
Q. 装置は目立ちますか?
A. 本症例では歯の裏側に装着するリンガルブラケット矯正装置(Clippy-L)を使用したため、正面から見て装置はほとんど分かりません。
Q. 治療後に後戻りしませんか?
A. 装置除去後は保定装置(上顎は取り外し式、下顎は固定式)を使用していただくことで、後戻りのリスクを抑えます。本症例でも、保定期間2年3か月が経過した時点まで前歯の位置や噛み合わせの数値はほぼ変わらず、安定した状態を維持しています。
写真
※顔写真は個人が特定されないよう、口元のみのトリミングにしています。
治療前
顔貌
口腔内
治療後
顔貌
口腔内
※本記事は実際の症例をもとに、個人が特定されないよう配慮して作成しています。
※効果・期間・費用には個人差があります。